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津簡易裁判所 昭和61年(ハ)148号 判決 1987年11月17日

原告

樋口チエ

右訴訟代理人弁護士

村田正人

右同

石坂俊雄

右同

福井正明

右同

伊藤誠基

被告

株式会社田園都市計画

右代表者代表取締役

中家茂雄

被告

中家茂雄

右両名訴訟代理人弁護士

岡島重能

右同

角田耕造

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金六〇万円およびこれに対する昭和六一年七月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金六五万円およびこれに対する昭和六一年七月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

被告会社の概要、被告中家の地位

1  被告株式会社田園都市計画(以下、被告会社という。)は、昭和六〇年一二月二四日、(一)不動産の売買・仲介・賃貸および管理、(二)土木建築の請負・施工・設計および測量等を目的として設立された会社であり、被告中家茂雄(以下、被告中家という。)は、被告会社の代表取締役である。

詐欺

2  被告会社は、原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)の測量工事代金がせいぜい一〇数万円であるのに、右代金名下に金員を騙取しようと企て、同社開発事業部次長松村武雄および同社の代表取締役である被告中家の指示を受けた同部係長森園嘉春において、昭和六一年六月三日、三重県津市栗真町屋町一五六七の二の原告方で、同人に対し、「被告会社が本件土地を坪当たり金九万円で買う。その土地を買うためには(予備的に「被告会社が本件土地を坪当たり金九万円で転売してやる。その土地を転売するためには、)、土地を測量しなければならない。測量代として金一〇五万円要る。」などと不実の事実を申し向けて、原告をしてその旨誤信させ、即時同所において、本件土地につき金一〇五万円の測量工事請負契約を締結させて同人から同工事着工金名下に金五万円を交付させ、次いで、同年六月五日、同所において、同人から同様の趣旨で金五〇万円の交付を受けて騙取し、もつて原告に対し、金五五万円の損害を与えた。

3  原告は、被告会社に対し、昭和六一年六月五日口頭で、次いで同年六月一一日書面で右測量工事請負契約を取り消す旨の意思表示をし、これらの意思表示は、いずれも、そのころ被告に到達した。

公序良俗違反

4  被告会社は、昭和六一年六月ごろ、宅地建物取引業法所定の免許を受けず、同法所定の取引主任も置かないで、同法二条にいう宅地、すなわち、建物の敷地に供する目的で取引の対象とされた土地の売買等をすることを業としている。

5  被告会社は、昭和六一年六月ごろ、同社代表取締役である被告中家が土地家屋調査士の資格を有していないのに、土地測量工事の受注を業としていたのであるが、北海道所在の土地測量については、札幌土地家屋調査士会所属の土地家屋調査士田中富士男に対し、専属的に測量を依頼し、同調査士はこれらの測量を請負つてきた。

同調査士のこのような行為は、非調査士との提携行為に該当するから、被告会社の右行為は、土地家屋調査士法一九条一項違反の共謀共同正犯ないし幇助犯となる違反な行為である(弁護士法二七条参照)。

6  本件土地は、国有林と道路敷地の間に位置する三〇区画からなる長方形の土地の一区画であつて、これらの土地は、いずれも既に測量がなされていて、四隅に合成樹脂製の標識が打たれている長方形の土地であるから、本件土地を再び測量する必要性は存在しない。

しかるに、被告会社は、原告をして坪当り金九万円で売却できることを好餌として、その測量費が一〇万円そこそこであるのに、金一〇五万円の前記測量工事請負契約の申込みをさせたのであるが、仮に右測量費を金一五万円としてみても、被告会社は右契約によつて実に金九〇万円の暴利をむさぼつたこととなる。

以上の4ないし6の各事実を総合すると、右測量工事請負契約は公序良俗に反して無効であるといわなければならない。

被告中家の責任

7  被告中家は、被告会社の代表取締役であつて、前記のように同社々員森園嘉春に指示して違法な営業活動を行わせて、原告に金五五万円の損害を与えたのであるから、民法七〇九条あるいは商法二六六条の三第一項の責任がある。

弁護士費用

8  原告は、原告訴訟代理人らに本件の訴提起を依頼したがその弁護士費用として金一〇万円が相当である。

9  そこで、原告は次の金員の支払いを求める。

(一) 被告会社に対し、本件測量工事が詐欺によつて取消されたことによるか、あるいは公序良俗違反によつて無効になつたことによる原状回復として、原告が被告会社に支払つた右工事着工金五五万円の返還

(二) 被告中家に対し、被告会社の不法行為による損害賠償金として右金員相当額の支払い

(三) 被告らに対し、弁護士費用金一〇万円支払い

(四) 被告らに対し、右合計金六五万円に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日である昭和六一年七月一三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払い

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。同2ないし7の各事実は否認し、同8・9は争う。

2  原告主張の測量工事請負契約は、本件の営業担当者であつた森園嘉春が原告に本件土地を転売する意思を有していることを確認のうえ、その転売準備のため締結されたのであつて、その際何らの詐欺行為は行われておらず、通常の営業行為としてなされたものである。もつとも被告会社は右請負によつて相当の利益を得ることとなるが、それは仕入原価から流通機構を経て末端機関で売却される価格の差が大きく生じている通常の取引の実情からみて、適法な営業行為の範囲内の利益といえる。したがつて、原告の各主張は失当である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告会社は、当初、社員六名で発足したのであるが、昭和六一年六月ごろは、社員総数が二〇名位で、総務部・営業部・開発事業部の三部制となつていた。総務部は会社の経理を、営業部は土地の売買を、開発事業部は測量工事の受注をそれぞれの職務内容としていた。しかし、各部には部長が存在せず、次長以下の社員で構成され、総務部は五名、営業部は八名、開発事業部は四名の各社員が配置されているのに過ぎなかつた。

2  被告会社は、不動産の売買、仲介をその営業目的の一つとしていたのに、昭和六一年六月当時、宅地建物取引業法所定の免許を受けず、同法所定の取引主任を置いていなかつた。

3  森園嘉春は、被告会社に昭和六一年一月ごろ入社し、同年六月当時においては、同社開発事業部係長の地位にあつた。そのころの同人の担当職務は、被告中家および同部次長松村武雄の指示のもとに、北海道内の土地所有者宅を訪問して土地転売の意思の有無を確認し、その意思ある人には、被告会社が転売の斡旋をするが、その転売のためには土地測量が必要であるから、同社と測量工事請負契約を締結することを勧めて、その費用の支払いを受けるという営業行為であつた。

同人の当時の給与は、本給が月俸金一五万円、歩合給が右成約金額の一五%であつた。

4  森園嘉春は、昭和六一年五月ごろ、右松村武雄の指示によつて、同人から北海道内の土地所有者約二〇名分の名簿を受取り、これら所有者宅の電話番号を調べて、そのうち約半数の者に架電したが、その中に原告方も含まれていた。その電話に出たのは原告であるが、右森園は同人に対し、原告が所有する北海道の土地を坪当り九万円で買いたいので近日中にお宅に伺いたいと述べた。

5  右森園は、被告中家および右松村から、原告らに対する勧誘にあたつては、被告会社で測量をした物件については、被告会社で転売の斡旋をさせて貰う。本件土地についての転売価格は坪当たり金九万円で、測量代金は金一〇五万円であるとお客に言うように指示を受けていた。しかし、同人は右各金額の根拠について何も知らなかつたし、開発事業部で測量工事契約が締結された物件が、どのようにして転売の斡旋がなされるのか、その后、実際に転売されたのか、どうかの点は一切知らなかつた。

6  右森園は、昭和六一年六月三日、原告宅を訪れ、原告およびその夫である樋口隆次に対し、「本件土地を今年末から来年四月末までに、坪当り金九万円で転売の斡旋をするがそのためには、測量をしなければならない。測量代は金一〇五万円である。」と述べた。原告らが、「本件土地は以前に測量してあるのに、何故再度測量しなければならないのか。」と尋ねたところ、同人は「以前に打つてある木杭は腐つているし、地続きの土地所有者が先に測量して持分の面積分をとると、本件土地に入り込んで同地の面積が少なくなる恐れがある。」と説明した。森園の勧誘は、午后一時ごろから同三時ごろまで行われた結果、原告は同人の提示した条件で本件土地を測量することを承諾し、測量工事発注書(乙第一号証)に署名押印し、、同工事着工金の一部として金五万円が即時支払われた。そして、昭和六一年六月五日に着工金の残金として金五〇万円が、同月一五日に完工金として同様の金額がそれぞれ支払われる約定がなされた。

7  右森園は着工金の残金五〇万円を受領するため、約定の六月五日に原告方を訪れ、同人らからこの金額を受領した。その際、原告がその五〇万円の引き出しを依頼した株式会社中央相互銀行の銀行員が別室に控えていたのであるが、その受渡しがなされたあとで、同銀行員が樋口隆次を別室に呼び入れて「測量に一〇五万円もの大金が要るのはおかしい。」と言つたので、隆次は、森園に対し、右金員の返還方を要請したが、同人はこれを拒絶した。同人は、被告会社の上司から、このような場合には拒絶するようにとの指示を受けていたからである。

原告らは、その后、一日か二日後に被告会社に架電して測量工事の中止方および右五〇万円の返還方を申入れたが、森園はこれを断わり、かえつて残金五〇万円の支払いを請求した。

8  本件土地は、原告が昭和五七年九月四日、三重通商の媒介によつて洞爺地域観光開発株式会社から坪当たり金三万円で買受けたものであるが、同土地は、もと北海道厚田郡厚田町大字聚登美村字シラツカリ一七九番六原野九〇六六平方メートルの一部であつて、右株式会社によつて同年四月一六日に三〇区画に分筆されたなかの一区画の土地であつた。これら三〇区画の土地は、いずれも長方形に分割され、その四隅には合成樹脂製の標識が打たれている。

9  被告会社は、同社と専属的契約関係にあつた株式会社田中測量(代表者土地家屋調査士田中富士夫)に本件土地測量を発注し、同社は昭和六一年六月九日多角測量の方法で右測量を実施した。被告会社がその測量費用として右田中測量に支払つた金額は、金一〇万円と少々であつた。

10  北海道厚田郡原田村役場税務課は、昭和六一年六月一三日、原告からの問合わせに対して、本件土地の固定資産税の評価額は一反当たり約五〇〇円で、厚田村内における原野の売買価格は、場所・用途等の条件によつて差はあるものゝ、およそ一反当たり約一〇万円前後の実例が多いとの回答を寄せてきた。

以上の事実が認められる。

被告本人中家茂雄の供述中には、本件土地付近の地価は、石狩湾新港地域開発基本計画によつて昭和六一年ころは一率坪当たり金九万円であつたが、現在はこれより値上りしている旨供述している部分があるが、甲第七号証の一・二の記載に照らしてたやすく信用することができない。もつとも、<証拠>によると、右計画が昭和四七年に策定され、分譲用地の造成、道路、公園、上・下水道などの基盤整備が進められつつあることが認められる。しかしながら、右乙第八号証中の「石狩湾新港地域周辺道路網図」と、前記五号証の各記載を対比すると、本件土地は、右計画地域から相当へだたつた距離にあるから、本件土地の地価がいちぢるしく上昇したと推認することは困難である。

三以上の各認定事実によつて、原告の詐欺の主張について考えてみると、後述するように、はたして被告会社が本件土地を坪当たり金九万円で転売するため、その売買の斡旋をする意思を有していたかどうかの点について多くの疑問が存するけれども、測量工事代金名下に金員を騙取する意思を有していたと認めることは困難である。すなわち、後述のとおり、本件測量請負契約について被告会社の暴利性は認められるが、同社は前記認定のように、右契約成立後、直ちに株式会社田中測量に前記測量を発注しているからである。

したがつて、原告の右の主張は採用することができない。

四次に、原告の公序良俗違反について考えてみる。

前記認定事実によると、被告会社は、本件測量工事請負契約成立によつて、契約締結費用を含めて、金九〇万円位の営業利益を得ることゝなるのは計算上明らかである。

ところで、前記認定事実を総合すると、本件土地を坪当たり金九万円で売却できるとは到底考えられないところからみて、被告会社は、当初から本件土地転売の斡旋をする意思を有しなかつたのではなかろうかと推認するのが、ごく自然であろうかと思われる。そして、被告会社は、同社々員森園嘉春をして、原告に右転売の話をさせて、同人の金銭的欲望を刺激し(原告が本件土地を前記認定事実のように本件土地を坪当たり金三万円で手に入れたのは、利殖の意思が大いにあつたことは、同土地が原告の住所地から遠く離れた北海道内の土地であることから容易に想像できる。)、それを好餌として本件測量工事請負契約を締結させたと推認するに難くない。このことは、原告らの本件土地は既に測量ずみであるから、その再度の測量の必要性について疑問を呈したことに対する右森園の応答内容によつてもうかがわれるところである。

これら一連の行為は、本件土地の価格等についての原告らの無知に乗じ、商業道徳をいちぢるしく逸脱した方法によつて暴利を博する行為であつて、公序良俗に反して無効であると解するほかはない。

そうすると、被告会社は原告が本件測量着工金として支払つた金五五万円を原状回復として返還する義務があるといわなければならない。

五被告中家が被告会社の代表取締役であることは当事者間に争いがないところ、同社々員森園嘉春の行為は、前記認定のとおり被告中家の指示によるものであつて、これによつて原告に金五五万円の損害を与えたといえるから、商法二六六条の三第一項によつて、右損害を賠償しなければならない責任がある。

六原告が原告訴訟代理人らに本件訴提起を委任したことは訴訟上明らかであるところ、本件訴提起の事情等に照らして、金五万円が相当因果関係の範囲内にある損害と考えるのが妥当である。

七以上の事実によれば、本訴請求のうち、金六〇万円およびこれに対する被告らに本件訴状が送達された日の翌日である昭和六一年七月一三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但し書をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官西村喜好)

別紙物件目録

北海道厚田郡厚田町大字聚登美村字シラツカリ一七九番一一六

一 原野 三一四平方メートル

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